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2013/08/30

小学館ビルに行った頃

 先週末、小学館ビルでの漫画家落書き公開には8000人以上が訪れたとか。神保町の小学館ビルは1967年(昭和42年)の完成ですから、築46年。耐震のこともあり、立て替えはやむを得ないところでしょう。このビル、入社試験の面接にいきました。もう30年以上も前のことですから、当時のことはまったく覚えていません。試験には受からなかったので、ビルに入ったのは1回限りです。
 話は変わって、『昭和出版残侠伝』という本を読みました。ずっと前に買って、本棚に置いたままになっていた本です。著者はエッセイストの嵐山光三郎。奥付では2006年9月第一刷発行になっているので、もう7年も前の出版。多くのエッセイ、小説などを著している嵐山ですが、この本は自身の体験に基づいて書かれた小説のような、ノンフィクションのような一冊です。
 平凡社で雑誌『太陽』の編集長だった嵐山が、経営不振による早期退職に応募。上司、同僚、部下たちと出版社の青人社を1982年に設立。雑誌『ドリブ』を創刊し、人気雑誌に育てます。ドリブは嵐山光三郎の豊富な人脈から、創刊号の赤塚不二夫が表紙を描き、コピーを糸井重里が担当し、カメラマンは篠山紀信という豪華なメンバーで作られた雑誌でした。
 青人社は当時某出版社の支援を受け、設立されました。私がこの出版社に入社したのが1980年でした。出版社が元気だったのは80年代までのような気がします。かつては不況に強いと言われた出版社も、いまや毎年売り上げが下がり、構造不況業種と言われる有様です。小学館もかつての勢いは感じられません。嵐山らがつくった青人社も10年以上前に倒産しました。
 小学館ビルの取り壊しに、時代の流れを感じます。
 
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