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2011/09/06

田中角栄とCREATIVE、そして土光敏夫

 先日書いた『土光敏夫 100の言葉』に「田中角栄との『決闘』」と題された章があります。土光敏夫が経団連会長に就任したのが、1974年5月。その時の首相が田中角栄。その年の10月『文藝春秋』に立花隆の「田中角栄研究―その人脈と金脈」が掲載されます。政治資金の捻出方法が描かれ、目白の豪邸での暮らしぶりも記された記事を読み、質素を旨とする土光敏夫はショックを受けます。官邸に出向き、田中にサシで辞任を勧告します。土光の勧めには田中は応じなかったといいます。しかし、11月田中角栄は退任に追い込まれます。
 昨日の日経新聞に掲載された全面広告は、田中角栄の写真が大きく使われたものです。CREATIVE! と大きな文字のコピー。宣伝会議の広告です。コピーの一部を引用すると、
「大胆な発想と実行する勇気。今この時代に求められているのは、そんなクリエイティブな力です。」(全文はここに
 田中角栄ってクリエイティブだったんですか。そんなことまったく考えたことなかったです。田中のクリエイティブさって、何をさしているんでしょう。「列島改造論」ですか。
 民主党総裁選挙で野田佳彦が選ばれた理由は、田中角栄的政治を引き継ぐ小沢一郎との戦いと決別への意志の結果なのではないでしょうか。いま、田中角栄にフォーカスをあてる必然性を感じない。なんか時代とずれていないか。この全面広告をみてそんなことを思いました。
 田中角栄のかわりに、土光敏夫を登場させたら(安易な発想ですが)、まさにCREATIVE!、だったのに。残念です。

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