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2007/02/06

夕張市美術館の閉館に思うこと

 昨日の日経新聞・文化欄に、美術ファンとして見逃せない記事がありました。「夕張 炭坑画家の遺志」と題された記事。筆者は夕張市美術館の学芸員、源藤隆一さん。財政再建団体となった夕張市、その美術館は3月いっぱいで閉館です。
 記事を読んではじめて知ったのですが、夕張市美術館が所蔵する絵画700点の大半は、炭鉱労働者の描いた作品。30年代から70年代にかけて、労働者が美術サークルをつくり、24時間三交代の過酷な勤務の合間に、絵筆を握って描きました。
 その炭坑画家の一人、畠山哲雄さん(1926-1999)、日展にも入選、生涯に500点ほどの作品を残しています。小学生のころ、坑内作業員だった父からミレーの画集を買ってもらいました。それと西洋美術を扱った新聞記事の切り抜きを頼りに、絵を独学で絵を描きはじめたといいます。畠山さんを代表とする炭坑画家は、どうして絵を描いたのか。

炭坑画家は過酷な境遇にあっても絵画を通じて自分を高め、這い上がろうとしたのだろう。(源藤さん)

 夕張市美術館は3月いっぱいで閉じられるため、それ以降は電気も止められます。当然、作品の保管には劣化の危惧があります。源藤さんはこう書きます。

地域がどん底に沈むのなら、なおさら若い世代に炭坑画家の這い上がっていく精神を伝えなければいけない。自分自身の今後も見えない現状でどうしたらこの使命をまっとうできるか。

 美術館では11日から「Finish and Begin」が始まります。美術館にとって、あらたなスタートになってくれるように祈るばかりです。

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コメント

賽目さん
性悪説的にみると、ミュージアム(博物館、美術館)が地元有力者(大学教授とか、いわゆるインテリ層)に利用されているわけですね。結果論的にみれば、そこで「文化装置」ができるわけで、これもよしかも。(暴論ですが)
日本におけるミュージアムのあり方は、まだまだプリミティブかもしれません。

投稿: 自由なランナー | 2007/02/12 22:42

私のごくごく身近な例なのですが、某大学教授が自分の定年を前に積極的に彼の住んでいる地域に美術館や博物館の設立をしようと動き始めます。彼のねらいはもちろん館長に収まることです。こうしたものが認められるには時間と実績が必要ですから、検討委員会が毎年開かれ、その報告書がつくられます。検討委員会は市民の声のはずなのですが、重要なのはそこに行政や大学、文化関係等の有力者が名をつられることの方が重要です。その会議はおおよそ筋書き通り、話が進みます。最後は「必要だ」というくくりになります。その美術館/博物館はまだこれから先の話ですが、たぶんできあがるのでしょう。

こうしたことは幾分タブーな要素も秘めていますが、報告書はどこの美術館もあるはずですので、うまく探して読まれると非常に興味深いと思いますよ。美術館/博物館は「必要な文化装置」であることは本当にそうだと思うのですが、ね。どういうスタイルが理想的なのか、なにがよいのか、未だによくわかりません。ただ、ルーブルだとか、ドレスデンの美術館とか、ああしたのをみているとなるほどなあと思うことが多々あります。

投稿: 賽目 | 2007/02/09 02:01

賽目さん
地方美術館は、現状では多すぎるかもしれせんが、しかしながらアートを社会に広めていくことにおいては、必要な文化装置ではないかと思っています。
ただ、学芸員の力量がなく、充分な機能が果たせていないのなら、それは問題でしょうね。

投稿: 自由なランナー | 2007/02/08 23:14

私の大学時代を前後してこうちた地方美術館がたくさん出現するようになりました。それにともない、就職先のひとつとしてこうした美術館がちょっとしたブームになりました。大学時代のクラスメイトの中でこうした学芸員になった人もいるのですが、なかにはいまだに資質を問うような人もいたりします。まあ、地域の有力者のご子息であったりするのですが(笑い)。もちろんそれは例外的なのかもしれませんが、地方美術館のもやもやを考えるとき、いつも彼ら彼女らの顔を思い浮かべてしまいます。

投稿: 賽目 | 2007/02/07 12:37

蟇目さん
地方美術館が有名画家の作品を売り物にする時代は終わったのでしょう。
おっしゃるとおり、最悪の事態にならないといいのですが。
一般論としては、地方美術館も生き残る方法はあるとも思うのです(かなりハードルはたかいでしょうが)。

投稿: 自由なランナー | 2007/02/07 07:50

たぶん美術館が閉鎖されても、炭坑画家が描いた作品を引き取る美術館なんてないでしょう。散逸し、廃棄されてしまうものもあるのかもしれません。美術作品がゴミに変わる瞬間といったら大げさかもしれませんが、そうならないことを祈るばかりです。本来地方美術館はこの夕張美術館のような存在だと思うのですが、山梨美術館がミレーを購入してからというもの、日本の地方美術館は厄介な存在になりましたね。

投稿: 賽目 | 2007/02/06 15:03

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