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2006/06/05

和田義彦氏作品は、盗作なのか?

 先週は月曜から、和田義彦氏の盗作問題で、このブログのアクセスがものすごく増えました。多い日は、一日3000をこえて、まさに異常。一昨日には、アクセスも1000を割り、やっと平常に戻りました。

 問題の発端となった和田氏の回顧展「ドラマとポエジーの画家」を昨年みているだけに、この盗作問題は考えさせられることが多々あります。ちょっと長くなりますが、美術ファンとして書いておきます。興味のあるかたはお付き合いください。

 当初は、和田氏がスギ氏の作品をまねた、いわば「盗作」と感じていました。でもその後の和田氏のインタビューや発言をきき、また冷静に考えてみると、「これ、盗作ではないのでは」と思いはじめました。一般的な報道では、和田氏の盗作は間違いがない、との論調ですが、そこまでは断定できないのではないかと感じています。
 
 私的なことですが、大学の科目の「工芸論」で、伊万里焼を取り上げ、意匠面での中国からの影響について調べました。伊万里焼の様式のひとつ「古九谷様式」では、明代末に中国で出版された『八種画譜』からの転用がみられます。この『八種画譜』というのは絵画入門用の手引き書ですが、ここにある絵を模したものが、いくつも古九谷の磁器に描かれていることが確認されています。
 これも、現代のロジックでいうと「盗作」でしょうか? 当時の陶工たちは、明らかに日本の絵画表現より勝っている中国の絵画を、そのすばらしさに感銘しながら、伊万里の焼きものに一生懸命模写したのでしょう。
 問題になっている作品を和田氏が描いた状況が、まったく同じとはいいません。しかし、和田氏は「オマージュ」だと言っています。オマージュとは「(芸術家・作家などに対する)敬意、尊敬」です。スギ氏の作品に感銘をうけ、その作品の構図、色表現の基本は変えることなく、和田式の表現で描いたのが、一連の作品だとしたら、どうでしょう。

 この盗作問題で、もっとも和田氏が責められることはなんでしょう。それはスギ氏作品の画面構成を借りて描いた作品を、たとえば「スギ氏作品の模作」、あるいは「スギ氏へのオマージュを込め、創作した」と、展覧会など公の発表の場で示さなかったことです。これは、鑑賞者に対して正確に事実を伝えていない点で、おおいに責められるべきです。
 しかし、その創作過程までも、否定されることはないと思います。
 和田氏の芸術選奨を取り消すか否かの検討がされるようです。結論をだす前に、ぜひ、なにが「模作」か、なにが「盗作」かに対する意志を明確に示すことが求められていると思います。


 

この和田氏の問題について、アート系のブログでは、不思議なほど触れられていません。どうしてなのでしょう。できれば、美術ファンからの意見をおききしたいところです。

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コメント

賽目 さん
おっしゃるとおり、アーティストを正しく理解しているメスメディアなんてないかもしれませんね。
これって、日本だけのものなんでしょうかね。例えばフランスあたりではどうなんでしょう?

投稿: 自由なランナー | 2006/06/07 23:04

これまで日本で住んでいた街で、昼からぶらぶらして、夜は夜で酒を飲んでいるぼくのことを、近所の人から「絵描きさんですか?」と聞かれたことがあって、ぎゃふんとしたことがあります。まあ、アートなんてものはこんなもので、和田さんのようにいまを生きる現代アートの人だと苦労してきたんだと思いますよね。

メディアのアートに対する視点というのは、たしかにいつの時代でもおかしなものです。大衆化できないものを無理矢理大衆化するとでも言うのでhそうか。この事件をはたから見ていて、松本清張の『砂の器』を思い出しています。

投稿: 賽目 | 2006/06/06 20:43

賽目さん
和田さんのアーティストとしての言動、行動などは、私も断片的な情報でしかないのですが、ご本人から受ける印象は、おおむね賽目さんのおっしゃるような感じを受けます。
ただ、アーティストは、結果作品がすばらしければいいわけで、その本人が「策略家」であっても、そうでなくても、ある面どうでもいいことだと思います。
それよりも、一連の騒ぎで、美術界、マスコミなどのアートに対する薄っぺらさがみえてしまったようで、そこがちょっと寂しいところです。

投稿: 自由なランナー | 2006/06/06 19:01

163さん
私もこの騒動で、絵画作品における「模作」と「盗作」について、もう少し勉強しなければいかないな、と思いました。
おっしゃるとおり、これだけ模作が出展されてる美術展には、芸術選奨を与える価値はないでしょうね。かなりに技量をもっている画家さんだけに、残念です。

投稿: 自由なランナー | 2006/06/06 18:55

デハポ1000さん
>「まなぶ・・・は、まねる。と語義が同じ。最初は他社品を真似て試作し、それからオリジナルを作りこんでいく」
おっしゃるとおりだと思います。
芸術作品の場合、やや乱暴に言えば、模倣と創作の区分けがわかりにくい性質のものですから、アーティストのモラル、意識に依存する部分は多いのでしょう。

投稿: 自由なランナー | 2006/06/06 18:45

どうもディテールがよくわからない部分もあるし、そもそも和田さんという画家のことをまったく知らなかったし、いまも作品については興味を感じません。賞を取り消されようが、どうでもいいことです。

ただ、客観的に見て、20年近いつきあいがあるらしいというのに、スギさんが和田さんのことを画家であると認識していなかった点には、なんとなく悪意を感じてしまいます。それが盗作であろうと、オマージュであろうと、なのですが。

二人がほんとうに画家としてお互いを認識しているのであれば、創作過程の現場に招くことを躊躇するかもしれないし、あるいはお互いを画家として認め合い、刺激しあっているのだと思います。

和田さんの発言はどうも後者なのですが、ここで互いの発言は食い違います。画家であると認識しあっているとすれば、スギさんも和田さんの作品をよく知っていてしかるべきようには思います。

しかし、それにしてもこうした騒動を通じて、ひとりの画家の存在を知るなんて、ちょっとサビシイです。「画家としての生命は絶たれる」とかセンチメンタルな発言が伝わっていますが、そうなのかなあ。

結局政財界からちやほやされても、ひとりのアーティストとして自分の足で立つことができなかった哀れなオジサンというようにしか素人目には見えないのだよなあ。

投稿: 賽目 | 2006/06/06 11:42

私も、本人の話を聞いて「盗作」について考えて見るきっかけになったと思います。
彼の発言のとおり、ピカソも数々の模写や何かを取り入れたものを残しています。
模写したものだということを明確にしておけば盗作だとは言われなかったでしょう。ただし、オリジナリティという点では、受賞対象にならなかったかもしれませんね。

投稿: 163 | 2006/06/06 05:03

芸術の場合も判断が難しいだろうとおもいますが、私の携わる工業製品の場合も、
製品Aと製品Aを模倣したCOPY商品Bと、製品Aを分析し精度・機構を分析した上著作権・意匠、商標権を侵害せずに「創作した」製品C、というものがあった場合AとCがどのように模倣したのかを分析しなければうっかり立証できません。車など中国製に至ってはCクラスの製品まであって、困ることもしばしばです。
ある人物に言われた言葉。「まなぶ・・・は、まねる。と語義が同じ。最初は他社品を真似て試作し、それからオリジナルを作りこんでいく」と。技術史でもそういう傾向がありますね。

投稿: デハボ1000 | 2006/06/05 19:07

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