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2005/08/16

終戦60年、新聞報道で感じたこと

昨日は終戦記念日。ちょっとメディア・リテラシーについて勉強していて、戦後60年を課題にしようと、いくつかの新聞を読んでいたら、感じることがありました。 今日の産経新聞の一面は靖国神社に参拝する人であふれる写真を掲載、「靖国参拝20万人5000人 過去最高」との見出し。終戦記念日のニュースのポイントは小泉首相の靖国神社参拝の見送りと、談話の発表。産経新聞は参拝見送りにかなり批判的な論調。また一面のコラム『産経抄』では、首相談話を「この時期に、わざわざ談話を発表する必要があるのか」と批評しているだが、肝心に首相談話は掲載されていません。産経以外の新聞は昨日の夕刊で全文を載せていたのですが、産経新聞には夕刊がないので、今日の誌面に載せることが必要だと思うのですが。
また、日経新聞の今日の一面には『戦後60年』と題された署名記事。昨日、今日の2回にわたり、戦後60年を検証するコラムで、今日のタイトルは「どこに向かいますか 文化・教養薫る国造りを」。内容は、特に印象的な論ではないと感じたのですが、特に文章に引っかかるところがありました。

豊かさという山の頂をめざして懸命に登り続け、頂上を極めて気がつく虚脱感と、褒め言葉の奥に潜む国際社会の冷笑。振り返ったら、豊かになること以外に、生きる目標ももっていなかった。

そんなことはないでしょう。あまりにステレオタイプの文章。日経新聞の一面とは思えない。

たまに新聞をじっくり読み比べると、発見があります。

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受信: 2005/08/16 13:26

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この前、県立図書館へ本を返しに行ったら、2階でやってました。 終戦60年・新聞展  ~地元紙に見る終戦と復興~ …東奥日報の主催です… [続きを読む]

受信: 2005/08/18 13:18

コメント

skt48さん
こんにちは。
昭和31年生まれの私にとっては、ちょっと違和感がありますね。(skt48さんも同世代でしょうか?)団塊の世代の方は、ほんとによく働かれたと思います。その世代も定年へ、これからの60年はどうなるんでしょう。

投稿: 自由なランナー | 2005/08/22 08:17

みちのく温泉マンさん
こんにちは。地方にいると、読む新聞、どうしても偏りますよね。たまには、違う新聞を読むのもいいですね。

投稿: 自由なランナー | 2005/08/21 07:03

>豊かさという山の頂をめざして懸命に登り続け、頂上を極めて気がつく虚脱感と、褒め言葉の奥に潜む国際社会の冷笑。振り返ったら、豊かになること以外に、生きる目標ももっていなかった。

このことばにすこしひっかかったので・・・

日本の戦後団塊世代の特徴なんではないでしょうか?
衣食足りることのみを目標に礼節を知らず、衣食足りた後も後進と衣食足りぬものに礼節について説きながら自らはいっさい礼節を発揮することも無く社会に貢献することも無く、ひたすらさらに屋上屋を重ねるように衣食の充実とプライベートな豊かさを追求する姿は、醜いのひとこと。それをしっかりと見ている後進世代、団塊2世、若い世代のニート指向、むべなるかなと・・・
団塊世代とそのジュニアとの間の第1世代として、彼等の後始末に奔走させられてきた世代の実感です。

投稿: skt48 | 2005/08/20 07:18

新聞も色々と角度変えて作ってるんですネ。
60年前の新聞も面白かったですヨ。

TBさせていただきます。

投稿: みちのく温泉マン | 2005/08/18 13:18

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