異才と呼びたい中川幸夫:「いのちのかたち」展
このところの宮城県美術館は、充実した企画展を開催していると思います。先日の「安井曾太郎展」は茨城県近代美術館に巡回したあと、「新日曜美術館」で取り上げられたり、日経新聞の美術欄に掲載されたりしています。いま開催されている「花人中川幸夫の写真・ガラス・書−いのちとかたち−」展も、見ごたえがありました。
中川は、独自の花を生ける作家です。この美術展では本人が高齢でもあり、生け花そのものはなく、作品を本人が撮影した作品が展示されています。最初見はじめたときは「なんだ写真か」と感じたのですが、みすすめていくうちに、引き込まれていきます。特に魅了されたのが、器に生けられた花の作品。有名作家作の器や古い器(弥生土器、須恵器、室町時代常滑甕など)と、そこに生けられた花や植物が闘い、ぎりぎりのところで調和して、美をつくっている様が見事です。どきついながら、独自に美の世界を形成している花作品が並び、壮観。
一方、実物が展示されているガラス作品は、違った印象で見ごたえがあります。ガラス器は、花とは対象的に柔らかな曲線で造られ、みていると心が和んできます。作品のめざすところは違うと思いますが、なぜか先日みたハンス・アルプの作品と同じ感覚になりました。
また、書は一転して生命のパワーを感じるダイナミックさです。
中川は、「生け花作家」というくくりに入れてしまうと、その才能がただしく評価できないかもしれません。この美術展、宮城県美術館のあとは、中川の出身地丸亀の丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に巡回するだけのようです。ちょっともったいないと思いました。
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50 歳を過ぎた頃からだろうか、高年齢でアクティブな人に目がいくようになってきた。自分もそうありたいということだろう。90 歳になるというジャン・ピエール・ヴェルナン (JEAN-PIERRE VERNANT) の記事を最近読もうと思ったのも、彼がどういう人生を歩んできたのかに興味が湧いたためだった。同業者の中にも、90 歳、100 歳まで現役の人がいた。そこまでとはいわないが、あと10−15... [続きを読む]
受信: 2005/07/07 07:11
コメント
ttkttさん
ご来訪ありがとうございます。
>ぎりぎりのところで「美」を見出す形。
まさに、おっしゃるとおりですね。「写真」でとらえたからこそ、作品が存在感を増したのではないでしょうか。
ブログ、また御邪魔します。
投稿: 自由なランナー | 2005/07/08 07:37
paul-ailleursさん
ご来訪ありがとうございます。
ブログ拝見しました。中川さんの生きてきた道も、なかなかすごいものがあるようですね。
これを機会に、ブログ、あた御邪魔します。
投稿: 自由なランナー | 2005/07/08 07:34
TBありがとうございます。
中川幸夫さんの作品、本当にエネルギッシュなものが多かったですよね。いけばなにありがちな「安定感」ではなく、ぎりぎりのところで「美」を見出す形。
あのあやうさを表現するのに「写真」はぴったりだったのかもしれないなぁと、ふと今さら思い出しました。
投稿: ttktt | 2005/07/08 00:04
以前に何度か訪問させていただいています。中川の作品と生き様はテレビで見ているだけなのですが、訴えるものがあった記憶があります。実物をいずれ見てみたいものです。
投稿: paul-ailleurs | 2005/07/07 07:08